ダービーは騎手も調教師も馬に関わる全ての人が夢見る特別なレースです。

ダービーとは

誰もいない競馬場

ダービーは3歳のクラシック世代最強を決める特別なレースです。
ダービーを制することはホースマンの夢とされ、ダービーを制した騎手は「ダービージョッキー」、調教師は「ダービートレーナー」の称号が与えられます。

 

また、1900年代前半に独裁政権のヒトラーから世界を救ったことで知られるウィンストン・チャーチルは「一国の宰相になるよりダービー馬のオーナーになるほうが難しい」と発言し、競馬史上に残る名言として現在も語り継がれています。
なぜダービーだけ特別なのか?競馬初心者が抱く疑問を交えて日本におけるダービーの位置づけを解説いたします。

 

日本におけるダービー

競馬のダービーと言えば毎年5月に東京競馬場で開催される日本ダービー(東京優駿)が有名ですが、地方競馬でも様々なダービーが開催されています。
中央競馬のダービーは日本ダービーのみで、日本最強の3歳馬の称号を手に入れるには日本ダービーを制する必要があります。

 

ちなみに日本ダービーは3歳3冠クラシックレースのひとつですが、クラシックレースは3歳ではなく昔からある歴史の古いレースという意味です。
ダービーをはじめ3歳のビッグレースが特別扱いされているのは、歴史の古さが関係しています。

 

ダービーの歴史

競走馬のシルエット

ダービーの発祥は1780年にイギリスで開催された「ダービーステークス」で、現在の馬齢の数え方で3歳(人間で例えると20歳くらい)の最強馬を決めるレースとして登場しました。
そこから、3歳最強を決めるレースとして世界各地で「ダービー」の名称が付くレースが広がっていき、当初からダービーは特別な存在のレースとして扱われています。

 

日本では1932年に東京優駿として創設され、当初からイギリスのダービーステークスを範したレースとして副称に日本ダービーの表記がされていました。
東京優駿の名称が付けられたのは、当時は戦争を繰り返していた時代の影響があったのでしょう。

 

創設当初から特別なレースとして浸透していて、1973年までは国内でもっとも賞金が高いレースでした。
現在は有馬記念やジャパンカップ(ともに約3億円)が賞金約2億円の日本ダービーを上回る賞金を用意していますが、昔は賞金と名誉の双方で飛び抜けた存在だった名残が強く残っています。

 

ダービーが3歳最強の理由

JRAでは3歳のクラシック競走として

皐月賞 → 日本ダービー(東京優駿) → 菊花賞

の順番で行われています。
3歳最強を決めるなら、クラシックレースの最終戦にするべきだと思う方も多いでしょう。

 

ダービーがクラシックレースの2戦目で行われる理由は、他のレースが後から創設されたことが関係しています。
また、ダービーは特別なレースだったため、最高のシーズン・環境で行うコンセプトを持っています。
春のクラシック2戦目はクラシック戦線を戦う馬が最高のコンディションを作れる時期。そして東京競馬場の芝2,400mの環境を用意していることが、ダービーの後に行われる菊花賞よりも高い地位を得ている理由です。

 

ちなみにダービー発祥のイギリスも

2000ギニー → ダービー → セントレジャー

といった流れでクラシック3冠レースを用意しています。

 

ダービーは出走する馬が実力を出しやすい環境ですが、特別なレースということもあり騎手と陣営の力みや観客の声援を含めた魔力の影響があり、昭和の時代のダービーは波乱が多かったです。
そのため、「皐月賞はもっとも速い馬が勝つ、菊花賞はもっとも強い馬が勝つ、日本ダービーはもっとも運がある馬が勝つ」といった格言が生まれました。

 

平成になってからは、上位人気が着実に上位へ入り、単勝1,000円以下の人気馬が勝つ頻度が高まり、G1でもっとも堅いレースと呼ばれるように変化しました。
そして2019年に行われた令和最初のダービーでは12番人気のロジャーバローズが制し、元号とともに傾向が変わるのではないかと注目を集めています。

 

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